• 監督:クリストファー・ノーラン
  • 製作国:アメリカ, イギリス/字幕
  • 日本での公開日:2014年11月22日
  • 鑑賞方法:映画館・劇場
  • 鑑賞場所:イオンシネマ弘前(2D)
  • ジャンル:SF
  • おすすめ度:★★★★☆
  • 個人的に好き度:★★★★★

陸奥新報 映画散策記事

 将来、宇宙へ移民しないと人類は滅亡する。そう提言するのは、〝車いすの物理学者〟として名高いスティーブン・ホーキング博士だ。地球で起こるさまざまな大惨事を避けるには、地球以外の惑星に居留地を建設する必要がある、と彼は訴えている。
 本作は、ホーキング博士の言がもし現実に起こったら…と思わせるような内容だ。近未来、頻繁に起こる砂嵐のせいもあって、世界的に食料不足となった地球。主人公のクーパーも宇宙飛行士だったが、仕方なしに農場を営んでいる。
 ある日娘・マーフィーの部屋に発信されていた謎の信号を解読し、NASA(対外的には解散したことになっている)の基地を見つけたクーパーは、かつての同僚・ブランド教授の説得で、別銀河で人類の住める惑星を探す「ラザロ計画」に参加することとなるが―。
 キップ・ソーン博士考案の「ワームホール理論」を取り入れるなど、科学の範囲から逸脱していない作りになっているし、さすがクリストファー・ノーラン監督だけあって、ブラックホールや次元の描写など細部が面白い。169分という上映時間だが、スケールの大きさと相まってあまり長く感じられなかった。
 本作を見た後だと、「ゼロ・グラビティ」(2013年)がかすむ。女性が宇宙で1人危険な目に遭い生存を試みる「ゼロ―」に対し、本作は存亡の危機に瀕(ひん)している人類全てを救おうとする話だ。人命の重さは1人も大多数も同じだろうが、さすがに規模が違った。

2014年12月07日付 陸奥新報掲載 (船)

雑 記

「映画散策」の原稿には書かなかったが、正直SF映画史に残る傑作だと思った。SF映画にありがちな“トンデモ設定”がないのだ。
例えば『ゼロ・グラビティ』だと、有人機動ユニット代わりに消火器をつかい、宇宙空間を移動するシーンがあるが…。果たしてそんなので本当に移動できるのか、科学に詳しくない私でも疑問に思う。(私が『ゼロ〜』を好まない理由は他にもある。いくら綺麗な宇宙空間でごまかそうとしたって、脚本が×)

『インターステラー』は父と娘の感動ストーリーにも受け取れるがその実、科学考証がかなり念入りになされている。頻繁に出てくる「重力」と次元についての考証も、多くの学者たちが取り組んできたテーマ。
ラストあたりに出てくる五次元空間は、最初観た時はその映像に驚愕するしかなかったのだが、確かに未来の人間であれば五次元を作り出せるかもしれない。

 

しかし私は、もし地球外に住むとしたら、別の惑星に移住するよりスペースコロニー(本作でいう宇宙ステーションのような居住空間)を作って住んだ方が、人間のためにはいいと常々考えているのだ。最悪、コロニーに穴があいて呼吸できなくなるということも想定されるけれども。スペースコロニー内では重力を調整し、温度と湿度を人体にちょうど良いよう設定する。1日24時間ということで昼夜を作り、天気もたまに変える。別の惑星に移住するのであれば、1日が60時間になるかもしれないし、極端に暑かったり寒かったり、酸素濃度が薄くなることも考えられる。

(ちなみに上記のようなスペースコロニーの考証に基づき、文芸同人誌『瑠璃』に2012年からSF小説を掲載しているのだが、インターステラーのように地球で砂嵐が頻繁に起こっているという設定なのだった。ただし、人類は皆地球外へ逃げたという話。インターステラーを観た時、「間違っていなかったのだな」と嬉しくなった。決してパクリではなく、こちらが先に書いていたのだと、念のため記述しておく)

 

本当は、スティーヴン・スピルバーグが監督をする予定だった本作。会社の都合により、スピルバーグは降板せざるを得なくなり、脚本担当のジョナサン・ノーランが兄・クリストファーを紹介したらしい。
スピルバーグが監督していたら、間違いなくお涙頂戴な出来になっていただろう。ノーランになって正解だった。

TARSとCASEというロボットの、デザイン・機動性が非常に良かった。不恰好な直方体の機械かと思えば、人間のように歩いたり、変形し馬のように走って人命救助をしたり、アスタリスクのような形になって転がったり…と大活躍していた。

ところでNASAが太っ腹なのか、「本当はアポロ計画では月に行っていなかった。旧ソ連対策のため行ったことにしていた(大略)」なんてセリフを許すとは…。
それとも噂通り、実際月面着陸していなかったとか…? 想像が膨らむところである。